朝ドラ『あんぱん』で阿部サダヲが演じるヤムおじさん(屋村草吉)は、物語の最初から「過去のことを話したがらない人」として描かれてきました。
そのため「ヤムおんちゃんは過去になにがあったの?」と感じる視聴者は多かったはず。
2025年6月2日の放送で分かった彼のつらい過去は、パン職人としての生き方や「かんぱん」作りを頑なに嫌がる理由と深くつながっていました。
この記事では、ヤムおじさん(屋村草吉)が過去を隠していた理由・戦争体験のトラウマを解説と題し、屋村草吉が隠していた過去の全てと、そのつらい記憶が現代に伝えるメッセージを探ってみましょう。
ヤムおじさん(屋村草吉)が過去を隠し続けた理由
屋村草吉が「昔のことを語りたがらない人」として描かれてきた背景には、戦争体験による深い心の傷があります。
第45回で軍からの「かんぱん」作りの依頼をかたくなに断る様子は、単なる頑固さではなく「記憶を封印している」ことを表していました。
彼が過去を話し始めたきっかけは、主人公・のぶ(今田美桜)が戦争に協力する社会の流れに直面したこと。自分の体験を通して「戦争の現実」を伝える必要に迫られてのものでした。
この心の葛藤は、現代のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状にも通じるものがあります。
劇中で釜次(吉田鋼太郎)が「あの男は自分自身と戦っている」と言った言葉は、つらい過去の記憶と向き合う過程をうまく表現しています。
ヤムおじさん(屋村草吉)の銀座「美村屋」時代と大きな選択
屋村草吉のパン職人としての出発点は、東京・銀座の老舗パン屋「美村屋」にありました。
モデルになった実在の「木村屋總本店」は1874年に日本初のジャムパンを開発した有名店で、ここで彼はパン作りの基礎を身につけたと考えられます。
当時の銀座は文明開化の象徴的な場所でした。最新のパン作り技術を学べる環境は、若い草吉の情熱をかき立てたに違いありません。
しかしこの時期、彼はある重大な決断を下すことになります。「もっと上手になりたい」という職人としての向上心から、密航船でカナダへ渡るという危険な選択をしたのです。
当時の国際情勢を考えると、1910年代前半の渡航は日米紳士協約(1908年)による移民制限下での違法行為でした。
この決断が後の運命を大きく変えることになったのです。
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ヤムおじさん(屋村草吉)のカナダ密航と義勇兵徴用の真相
1914年、第一次世界大戦(当時は欧州大戦)が始まった時のカナダは英国の自治領でした。
現地でパン修行を続けていた草吉は、日本人義勇兵として戦場に駆り出されるという予期しない事態に直面します。
史実を調べると、当時カナダに住んでいた日本人約10,000人のうち、約200人が義勇兵として戦争に参加した記録が残っています。
劇中で草吉が「若気の至りで乗った船が地獄行きだった」と語るように、渡航の目的はあくまでパン作りの技術習得であって、戦争への参加などは全く予想していませんでした。
これは、当時の移民労働者が現地社会で差別的な扱いを受け、生活手段として戦争に参加せざるを得なかった歴史的事実を反映しています。
ヤムおじさん(屋村草吉)の西部戦線での地獄体験
フランスの塹壕で味わった「戦場での飢餓」が、屋村草吉のトラウマの核心部分です。劇中では次のように描かれています。
「弾丸が飛び交う中、仲間は次々に倒れていった。それでも腹は減る。動けなくなった仲間のコートから乾パンを奪い、涙を流しながら食べた」
この体験が、彼の「食」に対する考え方を根本から変えました。パン職人として「人を幸せにする食べ物」を作りたいという信念は、逆に「戦場で命をつなぐだけの糧食」への嫌悪感として現れたのです。
特に「かんぱん」への拒絶反応は強く、第45回では軍からの依頼を「絶対にやらない」と激しく断りました。
これは単なる気まぐれやわがままではなく、ヤムさんにとっては「戦争協力による良心の呵責」と「トラウマの再燃」を同時に引き起こす行為だったと見ることができます。
トラウマが形作った現在のヤムおじさん(屋村草吉)の行動原理
屋村草吉の言動には、戦場体験が深く刻まれています。第28回で原豪(細田佳央太)に「逃げて逃げて逃げ回るんだ」と助言する場面は、自分の体験を振り返ったもの。
第46回で朝田家を去る決断を下した背景には、「戦争に協力した自分」への自己嫌悪が影響していました。
心理学的な観点から見ると、これは「生存者罪悪感」の典型例といえます。仲間を失った体験から「自分だけが生き残った」という罪悪感が、自己犠牲的な行動として表れているのです。
パン作りに没頭する姿も、戦場で味わった「無力感」への反動と考えられるでしょう。
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「かんぱん」に込められた意味
劇中で繰り返し注目される「かんぱん」は、単なる戦時食ではなく多重の意味を持っています。
軍との協力を拒む草吉に対し、釜次が「今はそれで人を救える」と説得するシーンは、芸術家の戦時協力問題を思い起こさせます。
実際、やなせたかし氏も戦中・戦後を通じて「表現者としてのあり方」に悩んだ経歴があり、この設定は深い意味に満ちています。
また「かんぱん」のレシピが昔と変わらないことに草吉が気付く描写は、戦争の本質が時代と共に変化しないことを暗示しているのかもしれません。
パン職人としての技術が戦争に利用されるジレンマは、現代のテクノロジー倫理問題にも通じるテーマです。
まとめ:ヤムおじさん(屋村草吉)の過去と現在、そして今後
ヤムおじさん(屋村草吉)の戦争トラウマ描写は、単なる過去の回想ではなく「歴史の継承」という現代的な課題を投げかけています。
彼の「パンで人を笑顔にしたい」という思いは、やなせたかし氏が『アンパンマン』に込めた「空腹は最大の悲しみ」という哲学と響き合います。
戦争を体験された方たちから聞ける直接の証言が失われつつある時代に、フィクションを通じて戦争の実相を伝える本作の試みは意義深いものです。
屋村草吉というキャラクターは、過去の記憶を現在に活かす「架け橋」として、『あんぱん』の物語後半で更に重要な役割を果たしてくれるかもしれません。

