『ばけばけ』レフカダ・ヘブン先生とは実在した人物?モデルはいるのか調査

『ばけばけ』レフカダ・ヘブン先生とは実在した人物?モデルはいるのか調査
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NHK連続テレビ小説『ばけばけ』で注目を集めているレフカダ・ヘブン先生。

この魅力的なキャラクターが実在の人物なのか、それとも完全な架空の人物なのか、気になっている視聴者は多いはず。

結論から言うと、レフカダ・ヘブンは実在しない架空の人物ですが、明治時代に実在した文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルです。

この記事では、ドラマのキャラクター設定から実在のモデル人物まで、詳しく解説していきます。

目次

レフカダ・ヘブンとは?実在しない架空の人物の正体

ばけばけ』に登場するレフカダ・ヘブンは、ドラマオリジナルの架空人物です。

トミー・バストウさんが演じるこのキャラクターは、明治時代の松江にやってきた外国人英語教師として描かれています。

ドラマ設定では、ヘブンはギリシャ出身のアイルランド人として描かれ、幼少期に両親から見放された後、アメリカを経て日本に流れ着いた人物とされています。

松江で英語教師として働きながら、日本の文化や怪談に深い興味を持つようになり、ヒロインのトキ(髙石あかり)と出会うという設定です。

実在のモデル・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の生涯

レフカダ・ヘブンモデルとなったのは、明治時代に実在した作家・小泉八雲(本名:パトリック・ラフカディオ・ハーン)です。

1850年6月27日にギリシャのレフカダ島で生まれ、1904年9月26日に54歳で逝去しました。

生い立ちと苦難の青春時代

小泉八雲の人生は波乱に満ちたものでした。

父はアイルランド出身のイギリス軍医、母はギリシャ人という国際的な家庭に生まれましたが、2歳でアイルランドに移住します。

6歳の時に両親が離婚。その後は父方の大叔母に引き取られて育てられました。

16歳の時に遊戯中の事故で左目を失明、17歳で大叔母が破産するという悲劇に見舞われ、19歳で単身アメリカに渡ることに。

この困窮した青年時代の経験が、後の八雲の文学的感性や異文化への関心を育んだとされています。

アメリカでの記者時代と日本への興味

アメリカでは新聞記者として才能を発揮し、シンシナティやニューオーリンズで活動しました。

ニューオーリンズ時代に開催された万国産業綿花博覧会で日本の美術工芸品に触れ、これが日本文化への興味のきっかけとなったとされています。

また、英訳『古事記』を読んだことも日本来日の決意を固める要因となりました。

40歳となった1890年、ハーパー社の通信員として日本の土を踏むことになったのです。

松江での生活と小泉セツとの出会い

来日後、八雲は島根県松江市の尋常中学校で英語教師として働き始めます。

この時期に運命的な出会いが待っていました。

1891年2月、英語教師として赴任した八雲の身の回りの世話をするため住み込みで働くことになったのが、後に妻となる小泉セツでした。

セツは1868年に松江藩の士族の家に生まれましたが、明治維新後の士族没落により家庭は困窮していました。

しかし、幼少の頃から物語好きだったセツは、八雲の創作活動を支える重要な語り部となっていきます。

「レフカダ・ヘブン」という名前の由来

ドラマでの「レフカダ・ヘブン」という名前は、実在の小泉八雲から巧妙に作られた設定です。

まず「レフカダ」は、ラフカディオ・ハーンの出生地であるギリシャの「レフカダ島」から取られています。

実際、「ラフカディオ」というミドルネームも「レフカダの」という意味の英語なのです。

そして「ヘブン」は、「ハーン(Hearn)」を「Heaven(天)」に置き換えたものと考えられます。

当時の日本では「ヘルン」と呼ばれていた八雲の姓を、よりドラマチックに「天」を意味する「ヘブン」に変更したのでしょう。

小泉八雲の代表作と日本文化への貢献

小泉八雲は『怪談』『知られぬ日本の面影』『骨董』などの作品で知られている作家です。

中でも『怪談』に収録された「耳なし芳一」「雪女」「ろくろ首」「むじな(のっぺらぼう)」などの物語は、日本古来の民話を英語で世界に紹介した傑作として評価されています。

これらの作品の多くは、妻セツが語って聞かせた民話や怪談を基にしており、セツの存在なくしては生まれなかった可能性があるのです。

八雲は日本の伝統文化に深い愛情を注ぎ、「日本に、こんな美しい心あります。なぜ、西洋のまねをしますか。」という言葉を残すほど、日本の精神文化を大切にしていました。

日本帰化と「小泉八雲」への改名

1896年(明治29年)、ラフカディオ・ハーンは45歳で日本に帰化し、「小泉八雲」と名乗るようになります。

「小泉」の姓は妻セツの生家から、「八雲」の名は日本最古の和歌「八雲立つ」から取られました。

これは出雲(現在の島根県東部)への深い愛情を示すものであり、決して「ハーン」との音の類似を狙ったものではありませんでした。

帰化後は東京帝国大学で英文学講師を務め、1904年に早稲田大学の講師となりましたが、その年の9月26日に心臓発作のため54歳で逝去しました。

『ばけばけ』における史実とフィクションの融合

NHKの朝ドラ『ばけばけ』は、小泉八雲とセツの物語を「大胆に再構成し、登場人物名や団体名などは一部改称してフィクションとして描く」と公式に発表されています。

これは朝ドラでよく使われる手法で、実在の人物をモデルにしながらも、エンターテイメント性を高めるために名前や設定を変更する方法です。

レフカダ・ヘブンという名前の変更も、視聴者にとって親しみやすく、かつドラマチックな効果を狙ったものと考えられます。

実際の歴史的事実を尊重しながらも、現代の視聴者に分かりやすい形で物語を再構築することで、より多くの人々に小泉八雲とセツの魅力的な人生を伝えようとする制作者の意図が感じられますね。

まとめ:レフカダ・ヘブンは実在した人物?モデルはいるのか調査

『ばけばけ』に登場するレフカダ・ヘブン先生は実在の人物ではありませんが、明治時代に実際に存在した文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルにした魅力的なキャラクターです。

波乱に満ちた人生を送りながらも日本文化に深く魅了され、妻セツとともに『怪談』などの名作を生み出した小泉八雲の人生そのものが、まさにドラマチックな物語でした。

ドラマを通じて、異文化交流の美しさや伝統文化の大切さを改めて感じることができるでしょう。

レフカダ・ヘブンという架空の人物を通して描かれる実在の人々の物語に、今後も注目が集まりそうです。

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